下村満子の生き方塾

『下村満子の生き方塾』って何?
生き方を教えてくれるの?
だけど生き方なんて、みんな違うじゃない
それとも、悩みの相談に乗ってくれるのかな?

ホント、すぐには分かりませんよね。
なぜ私が、こんな塾を作ろうと思い立ったのか、
聞いてください。

それは、今の日本が、日本人が、日本社会が、
「変だ」「おかしくなっている」と思ったからです。

そう思いませんか?

殺人、それも考えられないような残虐な殺人事件が毎日のように起こっています。女性、高齢者、子供、障害者といった弱い人たちへの暴力、差別、いじめ。一生懸命働いても、なかなか報われず、経済的格差、生活の格差が広がっています。真面目に生きてるのが、何だか虚しく、バカバカしくなってきませんか?
大学教授、教師、医者、僧侶、牧師、警察官、自衛官、お役人、弁護士、会社社長、ジャーナリストといった、これまで私たちが信頼し、尊敬していた職業に携わる人たちの犯罪も珍しくなく、この頃では、そんなニュースを聞いても驚かなくなりました。
何しろ総理大臣が、そして日本で最も頭が良いと言われてきた官僚のトップが、平気でウソをつく時代なのですから。
純粋なスポーツマンシップが大切にされるべきスポーツの世界でさえ、最近は次々と若い選手に対するいじめやパワハラ、金銭的不祥事などが起こっており、会長とか監督とか強化本部長とか、権力を持つ人が、平気で自己保身のために嘘をつく時代です。 一体何を信じ、誰を信じ、何を基準にして生きていったらいいのか、迷い悩む人も多いのではないでしょうか。

私は長年、朝日新聞社でジャーナリストとして仕事をしてきました。主に国際報道に携わることが多く、世界各国を取材のために飛び回り、ニューヨーク特派員も務めました。
海外取材をしていると、おのずと日本と他国の違いを知り、日本の良さ、また欠点も見えてきます。
私がジャーナリストになりたいと思ったのは、ものを書くことが好きだったことが原点ですが、それに加えて、ペンの力で少しでも世の中を良くしたいなどと、夢見たからです。今思えば、若気の至りだったと思いますが。
でも、私は私なりに、ジャーナリストとして一生懸命頑張ってきたつもりでいました。
無我夢中で取材に駆けずり回り、より良い社会を目指し、記事を書き、本を書き、講演をし、テレビで発信してきました。が、ある時 ふと我に帰って世の中を見渡してみると、世の中は良くなるどころか、悪くなる一方で、愕然としました。
いったい私は、新聞記者として、ジャーナリストとして、何をやってきたのだろう? 私のこの何十年は、何だったんだろう? なぜ、こんな世の中 になってしまったのだろう? 真剣に、考えました。そして、私がたどり着いた結論は、「日本人の心の劣化現象が、最大の原因だ」ということでした。
「政治改革」「教育改革」「働き方改革」などなど、やたら「改革」が叫ばれますが、そんなジグゾーパズルの1コマ、2コマを改革したって、ダメです。
もっと本質的な、土台石の部分、「日本人の心」の再生なしに、日本の再生、日本の未来はない!
それが、「下村満子の生き方塾」を始めるきっかけでした。

「命とは何か」
「生きるとは何か」
「人は何のために生きるのか」
「本当の幸せとは何か」
「私は何者なのか?」
「私は、何をしたいのか?」
「何を基軸に生きたらいいのか?」
「人間にとって、真に幸せな社会とは?」
「日本はどんな国を目指すべきか」

img01.jpg

こうした人間としての「原点の問題」と向き合い、自分と向き合い、心を高め、
真の人間力を高める ために、同じ思いを持つ仲間が集い、学び合う塾。
それが「生き方塾」です。

img02.jpg

img03.jpg

もう一つ、この塾の重要なキーワードは「禅」です!

私は、10歳の時から今日まで、ずーっと坐禅を続けています。父は、、経営者だったので、出家ではなく在家でしたが、何十年という修行をし、禅の指導者(老師)としては、日本国内だけでなく、世界的に知られる人だったので、子供の時から、父の師匠であった、安谷白雲老師の下で修業をしました。
禅は、私の人生に大きな影響を与え、私の生き方の土台石であり、バックボーン(背景)であり、ものごとを判断するうえでの基軸となっています。
この塾の価値観の根底にあるのは、「禅的なものの考え方」「禅的、東洋的な人間観、世界観」だと言えます。もちろん私は、これを塾生に押し付けることはしません。塾長である私の、ゆるぎない「原点」であることは、皆さんにお話しします。
そして、この塾では、実際に坐禅の目的、意味、正しい「坐り方」なども指導し、夏には、坐禅合宿も行います。

<何が正しいのか、分からなくなる>
<迷いが多い>
<何を基準に判断していいのか、分からない>
<相談できる信頼・尊敬する人がいない>
<自分を、人間として向上させたい>
<自分を理解してくれる人がいなく、孤独>


「坐禅」は、こうした悩みを抱える人、そして厳しい今の時代を生きていく上で、心を平安にし、強くするための、大きな武器になります!
塾の入塾条件は、「人間であること」だけ。年齢は、15歳以上何歳でも。年齢、性別、職業、学歴、肩書、経済力、国籍、宗教、その他一切関係なし。15歳でも80歳でも、大学生でも会社社長でも、この塾では、全く対等。

塾なのだから、あまり大規模にしたくない。寺子屋みたいなものを考えました。

拠点は? 場所はどこにしようか?
何もかも東京に集中しているから、昔の松下村塾みたいに、地方から発信するのはどうだろうか?
福島にしよう。なぜなら、私の両親の故郷、先祖の地、私のルーツだから。福島には、先祖からの家もあるので、そこを拠点にしよう。そこから、全国、全世界に発信しよう!
スポンサーも組織のバックもない、たった1人でのチャレンジでした。私自身には何の利得もない、むしろ時間とエネルギーと体力と気力と、なけなしの財布を叩いての、無謀なトライで、我ながらまさにドンキホーテだな、とわかってはいたのですが、でも、なぜか、やむにやまれぬ気持ちが内側から沸き起こってくるのを、抑えることが出来ませんでした。
どういうことになるのか、まったく自信もなく、先も全く見えませんでしたが、「絶対、やる!」という気持ちだけは、なぜか揺らぎませんでした。
まずは、福島各地で説明会を開き、塾生を募集しました。
不思議なことに、予想外に反響が多く、メディアにも大きく取り上げていただき、いつの間にか共鳴者が集まり、1年後には、福島だけでなく、県外各地から塾生が集まってきました。開塾式の日も決まり、会場も押さえました。

いよいよ開塾まであとひと月、というところまでこぎつけた時、想像もしなかったことが起こったのです。
千年に1度と言われるような、あの東日本大震災です。
特に福島は、大地震、大津波の自然災害だけでなく、原発事故と放射線汚染という人災の、三重苦に襲われたのです。こんな事は、人類史上初めてでしょう。
入塾予定者の中には、原発事故で故郷を失った人、県外に逃げた人、仮設住宅に住まなければならなくなった人、会社が倒産した人 、もうめちゃくちゃでした。新幹線が止まり、道路も寸断され、支援物資を運ぶトラック以外は、福島に自由に行けなくなりました。
10トントラックに支援物資を積んで、何度も福島を往復し、津波や地震、そして原発被災地の惨状を目の当たりにして、「生き方塾」は、もう無理だな、と思いました。
そんな私の背中を押してくれたのは、 逆に、福島に残って、必死でこの苦難に立ち向かおうとしていた入塾予定者達でした。
「今こそ、この苦難の時こそ、命とは何か、生きるとは何かの問題と真剣に向き合わなければ、私たちは生きていけません。生き方塾、予定通り始めてください!」
「そうだ!今こそやらねば。負けてたまるか!」と、熱くなりました。

「下村満子の生き方塾」は、大震災と原発事故の大混乱の中で、その1ヵ月後、予定通り福島で開塾しました。
2011年4月16日のことです。

東京ー福島間の新幹線が、ようやく開通した二日後でした。
開塾式の最中にも、たびたび大きな余震が起こり、会場のシャンデリアが激しく揺れ動く中で、136人の塾生が、一人一人、この塾で学ぶ「決意表明」の言葉を力強く述べました。その一言一言に、私も、そして、東京をはじめ県外からも駆けつけていただいた応援団の方々も、涙しました。
ドラマティックで感動的な、「生き方塾」誕生の瞬間でした。
あの絶望的な福島の悲劇の中で、この塾を予定通り立ち上げることができたのは、今思えば、奇跡だったと思います。何か、大きな天の意志に突き動かされていたような気がしてなりません。

ところで、若い人の中には、「下村満子って、誰なの?」と思う人も多いかもしれません。 何しろ、私は、オールド・オールドですから。

ここで少し、私の個人史をお話ししましょう。ネットで見れば、いろいろ出てくるでしょうけれど、ネットに書かれている事は、ウソも沢山あるので、本人である私が、直接お話ししたいと思います。

私は東京で生まれ、わずか1ヵ月後に、母の腕に抱かれ、船で満州(現中国東北部)に渡りました。当時満州は、日本の植民地のようなところで、父はその首都新京(現中国長春市)で、仕事をしていました。そして、私が小学校に入学する年に、日本は戦争に負けました。
両親は全てを失い、中国人やソ連兵に襲撃され、たびたび命を奪われそうになりながら、私たち3人の子供抱え、丸裸で日本に引き上げてきました。生きて帰ってこられたことが、今思えば、奇跡でした。

それから今日までの私の道は、まさに、日本の敗戦から戦後の復興期、そして経済大国日本へと駆け上がり、その後のバブル崩壊から今日に至る、激動の戦後日本史とそのまま重なります。
それに加え、男女平等を定めた新憲法下において、戦後の革命的な日本の女性史をそのまま生きてきたという実感もあり、我ながら、ずいぶんドラマティックな時代に生を受けたものだと感無量になることもあります。
敗戦の廃墟から立ち上がり、死に物狂いの努力の末に世界第二の経済大国にまでなり、「世界の奇跡」と羨まれるまでになった自分の国を、日本人として誇りに思う一時期もありましたが、経済的に豊かになるにつれ、拝金主義、物質中心主義が蔓延し、物質的豊かさと反比例するように、日本人の心は、貧しくなってきたように思います。
日本人が本来持っていた美德、東洋的な和の心、人としての道、利他や優しさ、謙虚さ、倫理道徳の基本、足るを知る心、人間としての誇り、尊厳、品格などが失われ、自己中心で利己的な、恥を知らない、権利ばかりを主張し、義務も責任も果たさない、反省もしない、感謝の気持ちもない、そして、正しいかどうかではなく、損か得かで動く、ではなく、自分がどう見られ、人の顔色を見ながら動く、といった、ギスギスした日本社会になってしまいました。
自分は世のために何一つせず、政治が悪い、社会が悪い、学校が悪い、先生が悪い、親が悪い、メディアが悪いと、1億総評論家になって不満をぶちまけるけれど, 誰がこんな世の中にしたのか、それに対する自己反省もありません。
今、日本社会は長い停滞期にあります。
日本の国の信用は地に落ち、子供達や若者の学力は低下し、若者達は、自分の人生に夢と希望を持てず、未来に対する不安に怯え、小さな世界に閉じこもり、内向きになり、保守的になっています。
日本社会全体が、元気がなく、革新性、エネルギー、ダイナミズムを失い、思考停止状態になり、鬱状態といっても言い過ぎではありません。なぜ、こんなことになってしまったのでしょう。
誰のせいでもありません。私含めた一人ひとりの日本人に責任があります。特に、戦後を生きてきた私たち全員に、責任があると私は思っています。

敗戦の後、私たちは、私たちの親の世代は、死に物狂いで働き、日本の歴史上かつてなかったような物質的豊かさを手にしました。が、その結果「大自然と心の豊かさ」を忘れてしまったのです。
でも、日本人は本来、その遺伝子の中に、素晴らしい利他の心と、豊かな感性持っており、また自然を愛し、自然と一体になることが最も得意な民族だと私は思っています。また、謙虚で質素で、人の道を大切にしてきた歴史を持っています。
私たちは今こそ、そうした日本人が本来持っている本質、宝を掘り起こし、原点に返り、ど真剣に「生きるとは何か」「何のために生きるのか」「いかに生きるべき」「より良い社会を作るには、どうすればいいのか」といったことを、ゼロから愚直に考え、話し合い、それを、どんな小さな事でもいい、一つ一つ地道に実践していくしかありません。
それにはまず、自分と向き合い、自分を発見し、揺るがない自分、振れない自分を作り上げていくことが第一歩です。

私は、私のこんな強い思いに共鳴して集まってくださる塾生と共に、こうした夢を、思いを実現する「場」を作り上げていきたいと思っています。
もちろん私も、この塾で学ぶ一人、です。一人一人がこの塾で学び合った事を、小さな一歩から、自分の生き方の中で地道に愚直に実践し、利他の心、愛の心をベースに生き方の姿勢を変えていけば、必ず人生は好転し、日本も変わります。また、この塾に集う塾生たちが、お互いに素晴らしい「人生の仲間」「ソールメート(魂の友)」になっていただければ、さらにその輪は波動となって広がっていくことでしょう。
私にできる事は、その最初の一粒の種を植えることです。私にはそのくらいのことしかできません。それを育てるのは、塾生の皆さんです。

今、日本人は一億総評論家になっています。口先の批判と評論ばかりで、「では、あなたはそれを変えるために何をやったの?」と聞きたくなることがよくあります。
今、日本に必要なのは、何の役にも立たない評論家ではありません。
黙々と実行、実践、行動する人たちです。


ここに集う塾生たちは、20代から80代まで世代も様々、仕事も様々、それぞれ実に個性豊かな人たちで、さながら社会の縮図のようです。ただ、皆さんとても純粋で、誠実で、一生懸命なのが共通点です。そういう塾生たちを見ていて思うことは「日本にもまだ、こういう人たちがいるのだ」「日本も捨てたものじゃない」という感動です。そういう心を持った人たちが自然に集まってくるということは、すでにこの塾の「空気」あるいは「文化」みたいなものが出来つつあるのかな、とも思います。
これまで何度も「何でこんなことを始めてしまったのか」と、挫折しそうになった事も度々あります。でも、ここまでやってこられたのは、こうした素晴らしい塾生たちに出会うことが、嬉しくてたまらないからです。

この塾も、間もなく開塾8年目となり、来年は第10期を迎えます。
これまでに、この塾で学んだ塾生は、1,000人以上になります。

一方、一期から今日まで8年間、ずーっと、この塾で学び続けている人達も沢山います。
10期を迎えるに当たり、「生き方塾」は、次のステージへと進み、更に充実したものにするために、リニューアルをし、新しい出発をします。
もちろん、塾の精神はまったく変わりませんが、これまで福島支援の想いも込めて、福島、東京と隔月に開催してきましたが、これからは、勉強会は東京で、福島は塾生たちの学びの「発進の場」として、一般公開のシンポジウムや講演会などを開催する予定です。

 

どうぞ皆さん、是非、仲間としてこの塾に参加してください!
素晴らしい人生を生きるには、まず、自分が変わり、自分の「心を高める」ことから始めるしかありません。
そして、それがひいては、「日本を変えていく」ことになるのです。
「生き方塾」は、真の「魂の友(ソウルメイト)」に出会う場です!

「下村満子の生き方塾」
塾長 下村 満子

bnr_experience.jpg

bnr_experience_sp.jpg

勉強会のご案内

勉強会レポート

  • 1
  • ...
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
  • 10 (このページ)

bnr_experience.jpg

bnr_experience_sp.jpg